航空宇宙研究会の活動と将来展望

大沼正彦・惟村和宣


  1. 航空宇宙研究会の概要

    1.1 発足の経緯
     日本航海学会では、長年にわたり主として海の分野で 航法に関する学会活動を行ってきた。一方、世界の航法 学会の連合であるIAIN(国際航法学会)は、海の分野 のみならず空および宇宙の分野をも含んでおり、昭和 49年に当学会がIAINに加盟したのちは、学会の活動対象 分野を海だけでなく空・宇宙にまで広げることになった。

     このようなことから、当学会に航空および宇宙関係の 研究を行う研究部会の設置が話題に上っていたが、昭和 58年に航法研究部会の中に航空宇宙分科会ができ、ここで 分科会講演会を3回開催し、研究の基盤作りを進めてきた (1)、(2)

     航空宇宙分科会は、昭和61年6月に航空宇宙研究部会に 昇格し、当学会の5番目の研究部会として発足した。 ここでは13回の研究部会講演会を開催した(2)

     その後、航空宇宙研究部会をさらに活性化するため、 平成4年7月に航空宇宙研究会に移行し、現在までに12回 の研究会講演会を開催している。

    1.2 対象分野
     本会は、航空機、宇宙飛翔体等の移動体で使われる 航法とその関連技術を対象としている。
     具体的には、航空航法システムの3つの要素である 「通信」、「航法」、「監視」の各システムとこれら システムを運用する管制の面からの「航空交通管理」、 航空航法の関連技術としての「機上装置」と 「航空機運航」、宇宙飛翔体に対する「宇宙航法」等 の事項について研究を行う。

    1.3 活動目的
     本会は、航空航法、宇宙航法とその関連技術を対象 として、論文あるいは資料を発表し、討議を行い、 最新の情報と意見の交換により、この分野の新技術の 開発と新しい研究の発展を促すことを目的としている。

  2. 航空宇宙研究会の活動の概要

     「航海」100号(創刊第100号記念特集)の 「航空宇宙研究部会の歩み」 に、その当時までの研究部会の活動の概要が述べられて いる(2)が、ここでは、再度、分科会発足時 から今日までの15年の歴史を振り返ってみる。

     航空宇宙分科会は、毎年1〜2月に講演会を開催してきた。 また、航空宇宙研究部会および航空宇宙研究会は、 春と秋の学会講演会の前日に半日の講演会を開催して きた。
     議題については、宇宙利用や宇宙技術を含めた新しい 航法技術や話題となっている新型航空機とその航法装置 等を中心にできるだけ幅広い技術について、学会関係者 やその分野の専門家に紹介を依頼している。

     講演会での現在までの発表を前述の1.2の対象分野別に 整理すると、表1のようになる。


表1 講演会の対象分野別の発表件数
対象分野 航空宇宙分科会
(3回開催)
航空宇宙研究部会
(13回開催)
航空宇宙研究会
(12回開催)
航空航法 航法 5 1 1 5 3 9 3
通信   4   1
監視   3 1
航空交通管理 1 4 4
機上装置 2 7 6
航空機運航 1 4 2
宇宙航法   5 2
その他関連技術   6 8
合計 11 41 36



     これらの講演の多くは、その後、それぞれの講演者と 学会の編集委員のご好意により、本誌「航海」あるいは 「NAVIGATION」に掲載されている。
     その数が多く、ここでは後述の3.に関係あるもののみ 引用し、それ以外は、「航海」あるいは「NAVIGATION」を 参照していただきたい。

     また、航空宇宙関係の会員の増加と学会会員への活動の PRのために、年3回くらいの割合で「航空宇宙ニュース レター」を発行している。
     その主な内容は、研究会の予告や報告、航空宇宙航法に 関するいろいろな話題と関連の学会活動の紹介、非会員の 学会への加入の呼びかけ等である。

    2.1 航空宇宙分科会
     航法研究部会の航空宇宙分科会は、昭和58年度から60年 度までに3回の講演会を開催し、合計11件のテーマが発表 された。それらの内容を分野別に分類すると次のようになる。

     まず、航空航法システムの要素の1つである航法に ついては、現用システムでは、障害物によるILS(計器着陸 システム)のコース誤差解析、航空用オメガ航法装置による 位置誤差、VOR(超短波全方向式無線標識施設)の新技術、 また、開発中のシステムでは、MLS(マイクロ波着陸システム) の開発状況、民間航空へのGPSの応用と問題点の計5件の発表が あった。

     次に、航空航法システム(通信・航法・監視)については、 航空における衛星を利用した通信、航法および捜索・救難の 発表があった。

     航空交通管理については、航空管制における航空機相互間の 衝突を避けるための分離基準とこの基準の解析のもととなる 衝突モデルに関する発表があった。

     さらに、航空航法システムと航空交通管理にまたがるもの については、航空衛星システムの開発計画と将来の航空交通 管制についての発表があった。

     機上装置については、航空用オメガ航法装置の運用の実態 についてと、民間用のINS(慣性航法装置)の最近の話題に ついての2件の発表があった。

     航空機運航については、航空会社で飛行計画を作成する際の 最適航路と最適高度の選定方法についての発表があった。

    2.2 航空宇宙研究部会
     航空宇宙研究部会は、昭和61年から平成4年度までに13回の 講演会を開催し、合計41件のテーマが発表された。それらの 内容を分野別に分類して示すと次のようになる。

     まず、航空航法システムの3つの要素である通信、航法、 監視についてそれぞれ述べる。

     通信については、航空機と地上との間のデータ通信の 動向と展開の現状についての紹介、また、衛星を経由する 航空機と地上との通信に関しては、インマルサット、ARINC 等での開発、計画等の紹介、インマルサット衛星と日本航空 のB747による航空衛星通信実験の紹介、航空管制通信、 運航管理通信、航空公衆通信等の現状と将来展望についての 紹介の4件であった。

     航法については、現行の航空航行援助無線施設を中心に、 その発達の歴史、現用装置とその問題点、将来の展望に ついての紹介、全天候運航手段としての新しい進入着陸 システムであるMLSに関しては、中国におけるMLS開発を 中心とした航法システムの開発の現状についての紹介と、 MLSデータ伝送のICAO(国際民間航空機関)の動向および データ検出の飛行実験結果についての紹介、また、INS、 GPS等を用いる複合航法システムの特徴およびGPSとINS の組み合わせによる複合航法システムを用いた飛行実験 結果についての発表、GPSの航法への応用、米国FAA (連邦航空局)における最近の話題(3)の 紹介の5件であった。

     監視については、わが国における民間航空管制用 レーダと防衛用レーダの現状とそれらのレーダ情報の 処理方法についての紹介、航空管制に使用されている SSR(二次監視レーダ)の概要と最近の技術開発の 動向についての紹介、SSRシステムの問題点とその 解決策としてのSSRモードSについての紹介の3件で あった。

     次に、航空航法システムについては、米国のRTCA (航空無線技術委員会)でまとめつつあった衛星の 利用を前提とした2010年における通信・航法・監視の 構想についての紹介、ICAOのFANS(将来航空航法 システム)特別委員会で議論された21世紀初頭の 民間航空航法システム(4)の紹介、 電子航法研究所の洋上航空管制や洋上の船舶に対する 航行援助等の改善に必要な衛星通信、測位技術の 開発を目的としたETS-V(技術試験衛星V型)を用いた 航行援助実験についての紹介の3件であった。

     航空交通管理については、人工知能技術のロボ テックス、エキスパートシステム等の応用分野と 航空管制システムへの適用の考え方についての紹介、 エキスパートシステムによる管制承認の作成例と 航空管制分野における知識情報処理の動向、必要性、 問題点等についての紹介、我が国の航空管制システム の現在までの経緯と現状、将来の展望についての紹介、 航空管制に影響を与えるウィンドシア等の気象現象 と空港等における管制業務についての解説の4件で あった。

     機上装置については、新型航空機とその航法装置 について、B767、A300、A320の3件の紹介があった。 また、航法システムとコックピット表示システムの 動向、B747-400のマン・マシン・インタフェースの 改善、次世代航空機の制御技術の動向の3件の発表が あった。
     さらに、航空衝突防止装置の開発状況についての 発表があった。

     航空機運用については、気象に関するものとして、 気象情報の航空機運航への利用、低高度における ウィンドシア、レーダ気象観測技術の3件の講演が あった。
     また、我が国のヘリ・コミュータ事業の実情と 将来の課題についての紹介があった。

     宇宙航法については、宇宙用の自立航法システム としてのGPS、INS、STAR(恒星センサ)を組み合わ せた複合航法システムについての紹介があった。
     また、HOPE(H-II打ち上げ型宇宙往還機)に 関しては、HOPEの航法・誘導・制御(5)、 ランデブ・ドッキング、HOPEの自動着陸(6) HOPE用再突入実験機の誘導制御(7)の 4件の紹介があった。

     その他関連技術については、6件の講演をお願い した。衛星航法関係では、米国、欧州等で計画中の 無線測位を目的とした衛星システムであるRDSS (無線測位衛星システム)の展望についての紹介と、 ION(米国航法学会)GPS-90国際シンポジウム出席 報告があった。
     また、乗員訓練におけるシミュレータの利用に ついての紹介があった。
     地域性を生かした話題として、神戸での開催時に 関西国際空港の計画とその現状、鹿児島での開催時 に種子島からのロケットの打ち上げとその追跡管制、 函館での開催時に微小重力環境下で行われる研究の 動向についてそれぞれ講演いただいた。

     航空宇宙研究部会の講演会以外の活動には、次の ようなものがある。

     当部会が発足した昭和61年に、「航海」第89号 (昭和61年9月)に航空宇宙研究部会発足記念特集を 企画していただいた。
     昭和61年1月の当分科会での発表4編に新たに6編を 加えたもので、内容は航法の分野のものが多いが、 その他にも運用、交通工学、航空管制、航空事故と 法律といった多方面にわたっており、当学会会員の 大多数を占めている海事関係者にとっても有益と 思われた(1)

     平成元年8月には、上述の研究部会講演会活動とは 別に、電子情報通信学会の宇宙航行エレクトロニクス 研究会と共同で、研究部会講演会を開催し、衛星を 用いた測位・通信、航行衛星システム、航空機の データ通信等8件の講演を行い、盛会であった(8)
     その後、当部会も順調に活動を続け、春、秋の 講演会では他の分野に劣らぬ多数の聴衆を集めていた。 そこで、部会発足4周年を迎えるに当たり、「航海」 第103号(平成2年3月)に航空管制特集を企画して いただいた。
     平成元年5月の当部会での発表2編に新たに7編を加えた もので、内容は、当学会の海事関係者にとっても有益と なるように、航空管制の基本的な仕組みの解説、最近の 動向等を掲載した(9)

     また、当学会第8回衛星と航法シンポジウム 「衛星の利用による航法の現状と将来展望」をシンポジ ウム実行委員会で企画・立案したのち、当部会の関係者が 作業部会委員としてシンポジウム開催に協力した。
     このシンポジウムは、平成4年2月に、電子情報通信学会、 日本造船学会、日本航空宇宙学会の協賛を得て開催され、 約130名の参加を得て7件の講演と講演者によるパネル 討論会を行い、この分野の今後の発展に大きな期待が 寄せられていることが感じられた(10)、(11)

    2.3 航空宇宙研究会
     航空宇宙研究会は、平成4年度から現在まで12回の 講演会を開催し、合計36件のテーマが発表された。 これらの内容を分野別に分類して示す。

     まず、航空航法システムの3つの要素のうち、航法 および監視についての講演があった。

     航法については、9件の発表を行った。ICAOにおける MLS検討の経緯と今後の技術検討課題の紹介と、アメリカ の連邦電波航法プラン1992年版からのロランC、オメガ、 VOR/DME(VHF全方向式無線標識施設/距離測定装置)、 ILS、MLS、GPS等の今後の計画、将来展望、研究開発の 概要の紹介があった。

     GPSに関しては、GPSを民間航空航法として利用する 場合の問題点を補強するための技術(12) の紹介と、GPS広域補強システムと電子航法研究所で 進めている技術開発のためのGNSS(全世界的航法衛星 システム)試験システムの概要(13) の紹介の2件、進入着陸誘導にGPSを利用する研究 として航空宇宙技術研究所における自動着陸のため のGPS航法システムの研究(14)の紹介と、 電子航法研究所で行った航空機の進入着陸用RNP (航法性能要件)およびDGPS飛行実験(15) の紹介の2件があった。

     また、1995年に運用開始が予定されていたロシアの 航法衛星システムGLONASSの利用に関する動きの紹介と、 欧州で研究開発中の民間組織が運用し、航空機の着陸 段階まで、精度、インテグリティ、コンティニュイティ およびアベイラビリティを確保可能な全世界的航法衛星 システムであるGNSS‐2の概念と具体的研究活動の概要 (16)の紹介があった。
     さらに、ICAOのFANS構想から出てきたRNPとRNAV (広域航法)をめぐるICAOならびに各国の動きの紹介が あった。

     監視については、表示物体を眼で識別する現在のASDE (空港面探知レーダ)の表示をディジタル化し、航空機を 自動識別表示する空港面監視システムの開発と実験に ついての紹介があった。

     通信と監視にまたがるものについては、洋上航空管制に 必要な衛星データ通信およびそれを利用したADS(自動従属 監視)を開発評価する目的で電子航法研究所で行っていた 洋上航空管制用衛星データリンク実験(17) についての紹介があった。

     航空交通管理については、我が国において平成6年10月 から運用を開始した航空交通流管理システムの概要の紹介、 FANS構想を実現するためにボーイング社で開発した衛星 通信、データ通信、測位衛星からのデータを利用した 航法等の機能を備えたFANS‐1パッケージを装備した航空機 の出現とともに期待されている洋上空域における管制間隔 基準の短縮の動向について(18)の紹介、 飛行場管制を効率的に行うための研究に有効である視聴覚 的な仮想現実感を利用して飛行場管制業務等を模擬する 電子航法研究所の仮想現実実験施設についての紹介、 計器飛行方式の安全性と有視界飛行方式の自由度の両方を 兼ね備えた運航方式であるフリーフライトについて (19)の紹介の4件があった。

     航法システムと航空交通管理にまたがるものについては、 我が国におけるICAOの衛星、データリンク等の新技術を 活用したFANS構想に沿った次世代航空保安システムの整備 が進んでおり、その中核となるMTSAT(運輸多目的衛星) が平成11年に打ち上げられる予定であることから、MTSAT の打ち上げ計画、MTSATによる航空管制とGPS広域補強 システム、CPDLC(管制官パイロット間データ通信)と ADSトライアルについての3件の紹介があった。

     機上装置については、航空機操縦室の自動化による 乗員のヒューマン・ファクタに起因する事故/ インシデントの防止に関する発表、ICAO、RTCA等で 進められているMLSの技術基準とMLS受信機の動向に ついての紹介、航空機のニアミスや空中衝突を防止する ACAS(航空機衝突防止装置)の技術動向およびGPSとSSR モードS拡張型スキッタを用いた衝突回避技術についての 紹介、B747‐400型機のFANS‐1パッケージが有する新しい 通信、航法、監視機能とこのシステムの利用によるメリット についての紹介、ヘリコプタにおけるGPSと気圧高度計を センサとして利用し、マップ上に自機の位置、前方障害物 との関係等を表示するGPS/MAP装置(20)の紹介、 飛行中の航空機の真下を検出する従来のGPWS(対地接近 警報装置)に対して、山岳等前方も検出し、地上への接近 および衝突を防止するエンハンストGPWSの紹介の6件で あった。

     航空機運航については、航空機の計器飛行と計器飛行 方式の違いおよび計器飛行方式の飛行例の紹介、RTCAの GPSを利用した機上補助航法機器のMOPS(最低運用性能基準) についての紹介の2件であった。

     宇宙航法については、平成6年2月に打ち上げられたH-II ロケット初号機誘導制御のフライト結果の紹介、宇宙往還機 の開発に必要となる自動着陸技術の確立を目的として、 平成8年8月、豪州で行われたALFLEX(小型自動着陸実験) (21>の紹介の2件であった。

     その他関連技術については、以下の8件の発表を行った。

     海面で散乱された電波のドップラスペクトルから海面に 関する種々の情報を得る短波海洋レーダについての概要、 米国のRTCM(海上無線技術委員会)の勧告を中心に普及型 DGPSの標準データフォーマットについての概要、DGPS補正 データのデータ放送による伝送および民放テレビの放送 電波を利用したTV音声多重によるDGPS補正データ放送実験 の概要、静止軌道投入に失敗し、長楕円軌道に投入された ETS-VI(技術試験衛星VI型)を用いた衛星通信実験の成果 の概要の4件の紹介があった。

     また、従来の静止軌道を使った通信から、携帯型端末に よる移動体衛星通信が可能な低高度軌道または中高度軌道 を利用する衛星通信システムが多数提案されていることから、 低高度軌道を利用する非静止衛星通信システム開発の現状と 動向(22)、運用開始に向けて準備を進めている 非静止軌道を使った中高度軌道通信衛星による衛星携帯電話 システム(ICO)(23)、66衛星構成の低高度軌道 を利用する国際パーソナル衛星通信システムのイリジウムの 3件の紹介があった。

     さらに、21世紀初冬に恒久的有人施設を建設する国際宇宙 ステーション計画におけるJEM(日本の実験棟)について (24)の紹介もあった。

  1. 航空宇宙分野の将来展望

    3.1 航空航法
     ICAOのFANS特別委員会は、現行の航空航法システムの 問題点(限界)が世界的に航法の発展を妨げていることは 明白であるとし、この限界を克服し、2010年までに実現する とした新システムの概念(FANS構想)を1988年5月にまとめた (4)
     この新システムは、衛星、データリンク等の新技術を活用 したもので、新たに導入を目指すべきとした通信は静止衛星 によるAMSS(航空移動衛星業務)、航法はGNSS、監視はADS システムである。

     現在、ICAO、関係各国、関係国際機関等において、この FANS構想の実現に向けた積極的な取り組みがなされている。 我が国においても、この構想に沿った次世代航空保安システム の整備が進んでおり、その中核となる運輸多目的衛星は、 1つの衛星に航空、気象のミッション機器を搭載する新しい タイプの衛星で、GMS-5(静止気象衛星5号)の後継機として 平成11年に第1号機が、平成16年に第2号機が打ち上げられ、 その後、航空管制に用いるため常時2基の衛星が配置される 予定である。

     FANS構想がまとめられた時期とほぼ同じ平成元年6月発行の 「航海」100号(創刊第100号記念特集)の「航空宇宙研究部会 の歩み」で当時述べられていた航空航法システムの将来展望 の事柄が、その後、実現に向けて取り組みがなされており、 研究部会または研究会としてこれら技術を取り上げてきた。
     それから10年経った現時点での将来展望も、2010年を目標 としたFANS構想の実現が中心となっており、今後とも当研究会 として取り上げるべき技術もこれまで以上に多いと思われる。

    3.1.1 通信
     FANS特別委員会は、現行の陸上空域でのVHF音声通信および 洋上空域でのHF音声通信の見直しを行い、将来的に信頼性 および効率性を高め、管制官やパイロットの作業負荷を軽減 するためには、データリンクを導入し、航空機や地上システム の自動化が可能となるようにする必要があるとの結論を出した。

     データリンクの種類としては、陸上空域ではVHFデータリンク、 SSRモードS(以下「モードS」という)および衛星データリンクを、 また洋上空域では衛星データリンクを導入することとした。
     なお、洋上空域では、航空機の監視に衛星データリンクを 利用したADSを導入することとなっている。また、上記3つの データリンクのそれぞれの特徴を生かした最適なATN(航空通信網) が必要である。

     ICAOでは、VHF通信、モードS、衛星通信およびATNに関する 技術標準の作成を行っており、一部はすでに標準化されている。 現在、これらのデータリンクを航空管制に導入するための研究が 行われている。

     VHFデータリンクは、ACARS(航空機空地データ通信)と呼ばれる キャラクタ指向型のものが航空会社の運航管理通信に用いられて おり、一部の国で航空管制用として利用され始めている。
     我が国においても、ATIS(飛行場情報放送業務)およびAEIS (航空路情報提供業務)の運用が開始されている。
     また、ICAOで現在標準化作業を行っているOSI(開放型 システム間相互接続)モデルに基づくビット指向型のVHFデータ リンクについても、航空管制に導入するための研究開発が 進められている。

     モードSは、従来のSSRの監視機能を向上するとともにデータ リンク機能を付加したものであり、モードSセンサの開発が終わり、 導入が開始され始めている。
     また、モードSの監視機能を十分に発揮させるとともに、 モードSデータリンクの普及を促進するために、モードSセンサ、 管制施設等で構成されるモードSネットワークを形成することが 必要であり、これに関する研究が進められている。

     衛星データリンクは、VHFデータリンクと同様にACARSが航空会社 の運航管理通信に用いられている。また、ICAOの交通通信の技術 標準であるOSIモデルに基づくビット指向型に適合した航空管制通信 (17)も近いうちに開始されるであろう。
     衛星通信の要となる静止衛星の供給については、インマルサット が第3世代衛星の打ち上げを完了している。我が国においても航空と 気象のミッションを併せ持つMTSATの1号機を平成11年に打ち上げる 予定である。

     一方、イリジウム等非静止衛星を用いた低コストの移動体通信 システムが、近い将来実現される見込みであり、これらの航空管制 への利用可能性の検討も進められるであろう(22)、(23)

     ATNは、現在ICAOの技術標準案の作成作業が進められており、 この作業の進展に合わせて研究開発が行われている。

     その他、HFデータリンクは、衛星通信の補完およびバックアップ としての可能性があることから、ICAOで技術標準案の作成作業が 進んでいる。

     さらに、将来の航空航法システムでは、レーダ、ADS、データ 通信等による無線通信量の急激な増加が予想され、システムの 性能飽和が懸念されている。
     この対策として、電波を有効利用し、監視能力や通信容量の 飽和を防止する技術開発が求められており、その有効な方法と してスキッタを用いる放送型データリンクの応用が検討されて いる。

     また、高度20km程度の成層圏に通信機材等を搭載した無人飛行 船等を滞空させ、ミリ波帯通信、リモートセンシング、空からの 交通監視、携帯画像電話等のためのプラットフォームとして利用 するといった計画が、米国のほか、日本でも進められている。
     これは、衛星システムより経費、無線電力、維持管理が節約 できると言われている。

    3.1.2 航法
     FANS構想で新たに民間航空に導入すべき航法システムは、GNSS を中心としたものである。全世界的カバレージを有するGNSSは、 将来の民間航空における単独航法システムとしての要件を満たす ものと位置づけられており、現行のNDB(無指向性無線標識施設) およびVOR/DMEに取って代わる可能性がある。

     一方、着陸誘導は、ILSに代えてMLSを利用することも提唱されて おり、また、GNSSを利用した精密進入の可能性も示唆されている。
     ICAOのMLS導入に伴うILSからMLSへの移行計画では、当初、その 時期を1995年としていたが、その後、1998年に変更され、さらに、 1995年の審議の結果、再度修正され、移行計画を抹消し、ILSの 保護期間が2010年1月1日となっている。

     GNSSとは、FANS特別委員会第4回会議報告書(1998年)によれば、 民間航空における単独航法手段としての要件を満足し、全世界的 規模での利用が可能な航法衛星システムであると定義されている。
     GNSSの当面の具体的な候補システムとしては、不完全ながら、 米国の国防省と運輸省で共同管理しているGPSおよびロシア空軍で 管理しているGLONASSである。
     GNSS-1は、このGPSまたはGLONASSあるいは両者を補強システム で補強し、航空機および船舶にそれぞれ精密進入、入港航行援助 まで利用可能にするシステムである。
     これに対して、GNSS-2は、国際的に管理、運営される全世界的 民間航法用の航法衛星システムで、陸海空すべての利用者に位置、 速度、および時刻の情報を提供するシステムである。

     航空機の出発から到着までのすべての飛行フェーズでGNSSが 利用可能になることから、GPSまたはGLONASSを民間航空で利用する ために必要な補強技術および利用技術に関しては、精度、インテグ リティおよびコンティニュイティを各飛行フェーズに応じてどのように 確保し実現するかが課題となり、この実現に向けて活発な研究開発 が行われている。

     この航法衛星補強システムとして、SBAS(静止衛星型航法衛星補強 システム)、GBAS(地上型航法衛星補強システム)およびABAS(航空 機上型航法衛星補強システム)が検討されている。
     SBASによる精密進入の可能性について、米国、カナダ等で飛行実験 が行われている。また、航空路および非精密進入の要件を満足する 広域補強システムとしては、我が国のMSAS(MTSAT用航法衛星補強 システム)、米国のWAAS(広域補強システム)、欧州のEGNOS(欧州 静止衛星航法オーバーレイ・システム)の3つが開発中であり、2〜3 年のうちに運用開始を目指している(3)、(12)〜(15)

     GPSについては、SA(選択利用可能性)の完全解除、民間用第2 周波数の開放などが米国で検討されており、これらが実現された場合 の補強システムへの影響等についての検討が必要になると思われる。

     純民間用航法衛星システムであるGNSS-2は、すべてのカテゴリの ユーザに位置、速度および時刻を提供するシステムであり、欧州を 中心に検討が進められている(16)

    3.1.3 監視
     FANS構想での監視は、モードSとADSを中核とする航空監視システム を想定している。高密度のターミナル空域および滑走路ではモードS による監視、洋上や過疎地ではADSによる監視、空港面では当面は ASDE等を活用してSMGC(空港面走行誘導システム)を充実し、 最終的にはADSを利用して監視を行うという構想である。

     モードSについては、各国で設置が始まったところである。 モードSの監視機能を十分に発揮させるとともにモードSデータ リンクの普及を促進するため、モードSセンサや管制施設等で 構成されるモードSネットワークの研究開発が進められている。
     一方、モードS拡張スキッタおよびモードS固有サービスの 提供といった機能をさらに拡張する検討がICAOで行われている。

     空港面監視では、空港の大規模複雑化に伴い、航空機、車両等 移動体の過密化に対処して、航空機を安全に誘導できるシステムの 開発研究が進められている。

     ADSは、航空機や車両で取得した位置情報をデータリンク回線を 経由して地上の管制機関に送り、この位置情報に基づいて監視を 行うものであり、移動体の測位技術や測位データの効率的な伝送 技術の開発等が行われている。

     北太平洋地域における衛星を用いた管制業務の早期実施に ついて、我が国航空局と米国FAAとの間で合意がなされ、平成9年 10月からインマルサット衛星を利用してのADSトライアルが実施 されており、平成12年度からMTSATを利用しての運用開始の予定 である。

    3.1.4 航空交通管理
     航空交通管理は、航空機運航者に対し、定時性を確保しつつ 安全にかつ最小限の束縛で予定経路を運航させることである。
     この構成要素としては、中心となるべき航空機同士および 航空機と障害物との衝突を防ぎ、航空の秩序ある流れの促進 および維持を図る航空交通業務のほか、航空交通の最適な流れを 確保する航空交通流管理、空域を有効に利用する空域管理という 3つの概念から構成されている。

     我が国では、平成11年にMTSATが打ち上げられ、平成12年度 から日米間の大動脈である北太平洋ルートをはじめとするアジア 太平洋地域をカバーする衛星航法システムが運用されると、ADS および高品質なデータ/音声通信の実現により、航空交通の安全性 の一層の向上、洋上管制間隔の短縮(処理能力のアップ) (18)、柔軟な飛行経路の設定、低高度における安全性 の向上等が可能となる。

     空港の整備に伴う空港容量の増大およびMTSATを中核とした 次世代航空保安システムの整備に伴う航空交通の増大や多様化に 対処するためには、飛行経路、セクタ構成、管制方式等の検討、 国際交通流と国内交通流を円滑に制御するための航空交通流管理 手法の開発、管制援助機器の開発等が不可欠である。

     また、将来はGPS等の航法衛星システムを利用することにより、 航空機は正確に飛行できるようになり、航空路以外の経路を利用 し目的空港まで飛行できる能力をもつようになる。
     このような能力を有効に活用し、航空交通管理を行う方法が 世界的に研究されている。米国では、航空機が自由な飛行経路を 飛行できる新しい航空交通管理であるフリーフライトの導入が 検討されている(19)

    3.1.5 機上装置
     航空機の運航をより安全にするため、パイロットがコックピット で下方に視野を向けることなく、前方の外の光景をウインド・ スクリーンを通して見ながら、主要なフライト・パラメータ、 航法情報、コンピュータ・グラフィックスによる擬似地上映像等 を見ることができるエンハンスト・ビジョン・システムが有効で あるといわれており、その基礎的研究が進められている。

     また、将来の航空交通管理環境へ円滑に移行するシステムの 1つとして、航空機周辺の交通情報を取得・表示し、パイロットの 空域状況認識能力を援助できるASAS(機上管制間隔保証システム) の開発が望まれている。

     一方、ヘリコプタの事故を未然に防止するため、有視界飛行中の ヘリコプタの前方を監視し、衝突の危険がある障害物を識別し、 その危険をパイロットに警告するとともに、回避のための情報を 提供できる衝突回避システムの開発の重要性が認識されている (20)

    3.2 宇宙航法
     「航海」100号(創刊第100号記念特集)の 「航空宇宙研究部会の歩み」の宇宙航行に関する記事で、GPSが 宇宙航行の分野でもその中心になると予見している。
     10年後の今日この記事を読むと、HOPEの宇宙航法(5)、 進入着陸用の航法(6)、再突入の誘導(7) 等に関して、GPSとMLSが用いられることになるという予見は適中 していることがわかる。

     ところで、HOPE構想のALFLEXは成功裏に終わった(21) ものの、その後の我が国の宇宙開発計画の方向は、若干当初とは 異なる方向へ向かいつつあるように見える。
     ここ数年来、いくつかの修正がなされ、この結果、宇宙における センサとしての衛星利用、電波とともに光による高速データ通信 技術の開発、衛星間通信技術の開発、また、国際宇宙ステーション 計画への参画(JEM、2001年〜)(24)、さらに、 SELENE(月探査周回衛星)計画という月探査計画が2003年から開始 され、我が国も月探査に仲間入りすることになるなど、21世紀初頭 の宇宙開発計画が策定され、新たなスタートが切られた。

     一方、人工衛星を利用する通信分野では、本年(平成10年)11月 から世界的に衛星携帯電話サービス(イリジウム)が開始され、 引続きICO、グローバルスター、テレデシック等の多数の周回衛星 による衛星通信(一部航法サービスも含め)のサービスが2000年 前後に開始されることになっている(22)、(23)
     このようにここ2〜3年のうちに通信分野で個人レベルの本格的な 衛星通信時代が始まることになる。

     再度、航法の話に戻ると、JEM、SELENEやETS-VI(技術試験衛星 VI型、おりひめ、ひこぼし)におけるドッキング等の航法技術と して、レーザトラッカのほかGPSの擬似衛星方式が核となるIRS (慣性基準装置)やスタートラッカとの複合航法が主流となる であろう。

     また、GPSの軌道高度より低い高度の周回衛星の位置や軌道 決定にGPSは不可欠なものとなってきており、これの利用技術が 進展するであろう。

     さらに、GNSS-2についても、近い将来、この実現に対する議論 がこれまで以上に航空界を中心に活発になるであろう(16)
     また、ETS‐VIII(技術試験衛星VIII型、2002年〜)では静止 衛星の大型アンテナによる通信サービスの拡大に関する実験など が計画されており、次世代の航法衛星技術の確立が期待される。

     我が国を含め、内外の宇宙開発計画が進展していくに従って、 宇宙航行、通信方式に関する研究も当研究会として、これまで 以上に取り上げていくことになると思われる。

  2. おわりに

     航空宇宙研究会について、その前身の航法研究部会航空宇宙 分科会、航空宇宙部会を含めて、設立の経緯、設立後の活動と この分野での技術とシステムの将来展望について述べ、当研究会 の将来の活動の方向を考えてみた。
     分科会の設立以来、その活動に参加され、また、ご支援を いただいている会員各位に感謝するとともに、引き続きご支援を お願いする次第である。


参考文献

(1)木村小一: 航空宇宙研究部会の発足にあたって、航海第89号(1986.9)

(2)木村小一、片野忠夫: 航空宇宙研究部会の歩み、航海第100号(1989.6)

(3)惟村和宣:GPS航空利用の最近の話題と実験、 航海第114号(1992.12)

(4)馬上 清:21世紀初頭の民間航空航法システム −ICAO FANS委員会の結論−、航海第99号(1989.3)

(5)鈴木崇弘:H-IIロケット打ち上げ型宇宙往還機(HOPE) の航法・誘導・制御、航海第109号(1991.9)

(6)峯野仁志:HOPEの自動着陸、航海第110号(1991.12)

(7)泉 達司 他:HOPE用再突入実験機の誘導制御、 航海第109号(1991.9)

(8)電子情報通信学会技術研究報告、SANE89-20〜27(1989.8)

(9)航空管制特集、航海第103号(1990.3)

(10)衛星と航法シンポジウム 衛星の利用による航法の現状と 将来展望、日本航海学会(1992.2)

(11)片野忠夫:衛星の利用による航法の現状と将来展望 −衛星と航法シンポジウムの報告−、航海第112号(1992.6)

(12)星野尾一明:航空におけるGPSの利用について、 NAVIGATION第118号(1993.12)
(13)星野尾一明:民間航空用GPS広域補強システム技術、 NAVIGATION第127号(1996.3)

(14)張替正敏:自動着陸のためのGPS航法システムの研究、 NAVIGATION第125号(1995.9)

(15)惟村和宣:進入・着陸用航法性能要件とDGPS飛行実験、 NAVIGATION第127号(1996.3)

(16)ベルジェ・フォーシェル:欧州におけるGNSS-2について、 NAVIGATION第135号(1998.3)

(17)石出 明 他:洋上航空管制用衛星データリンク実験 システム、NAVIGATION第124号(1995.6)

(18)長岡 栄:FANS-1装備機と管制間隔短縮の動向、 NAVIGATION第130号(1996.12)

(19)福田 豊:フリーフライトについて、 NAVIGATION第133号(1997.9)

(20)倉谷直彦:ヘリコプタにおけるGPSの利用、 NAVIGATION第133号(1997.9)

(21)宮沢与和 他:ALFLEXの航法誘導制御、 NAVIGATION第132号(1997.6)

(22)飯田尚志:非静止衛星通信システム開発の現状と動向、 NAVIGATION第121号(1994.9)

(23)小林達郎:衛星携帯電話システム(ICO)について、 NAVIGATION第135号(1998.3)

(24)小鑓幸雄:国際宇宙ステーションにおける日本の 実験棟(JEM)、NAVIGATION第135号(1998.3)

「NAVIGATION」創立50周年記念特集号 pp.63-71(平成10年12月)


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